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東京高等裁判所 昭和30年(ラ)805号 決定

抗告人 平野増吉 外二名

相手方 建設大臣 外一名

訴訟代理人 森川憲明 外四名

主文

本件抗告はいずれもこれを棄却する。

抗告費用は抗告人等の負担とする。

理由

第一、本件抗告の要旨

本件抗告の要旨は、抗告人等は、相手方建設大臣を被告として東京地方裁判所に対し、建設大臣が相手方岐阜県の申請に因り昭和三十年十月十三日建設省告示第一二四四号を以て、岐阜県道高富岐阜線改築事業及びこれに附帯する事業について、起業地を岐阜市湊町及び上材木町地内とする土地収用法第二十条の規定による事業の認定無効確認及び取消の訴訟を提起し、同庁昭和三十年(行)第一一八号事件として繋属中のところ、杭告人等は右本案行政訴訟の提起を前提として、当該訴訟の被告である建設大臣及び起業者である岐阜県(後に右本案訴訟に被告のため補助参加)を相手方とし同裁判所に対し、別紙「申請の趣旨」及び「申請の原因」と題する書面記載のような理由の下に行政処分の執行停止申請をし、同庁昭和三十年(行モ)第三〇号事件として繋属したが、原裁判所は相手方等の意見を聴いた上、抗告人等の申立を却下した。しかし原決定は、別紙「抗告理由書」記載の理由により違法不当であるから、これを取消し、前掲申請の趣旨記載の裁判を求める。というにある。

第二、本件における主なる争点。(ただし後記理由において判断を省略した諸点についてはその詳細を避けた。)

A  抗告人等の本申立に対する相手方等の意見の要旨。

一、本案訴訟の不適法(権利保護要件の欠缺)。

行政事件訴訟特例法第十条により行政処分の執行を停止するには、本案の訴が提起され且つ適法であることを前提とするものと解すべきである。

(イ) しかるに抗告人等の提起した本案訴訟(東京地方裁判所昭和三十年(行)第一一八号)は、抗告人等が原告となつて相手方建設大臣を被告とし、同大臣が土地収用法第二十条にもとずいてした事業の認定の無効確認或は取消を求めるものであるところ、抗告人等は右事業の認定自体によつてはその具体的な法律上の地位に何等の影響を受けず、従つて本訴は訴の利益を欠き、この点において既に不適法である。即ち事業認定は起業者に対し追て定めらるべき土地等を収用し得る権限を付与するに止まり、この段階では収用の目的物を確定するものでない。尤も土地収用の手続においては、収用の目的物が確定する以前に収用の目的物を一応予定する手続として土地細目の公告があり、これによつて収用の最大限が限定され、起業者及び土地所有者・関係人に対し一定の法上の効果を生ずる(土地収用法第三四条、第三五条)けれども、かかる限定の効力を生ずべき土地の範囲は、事業認定自体によつて決定されるのでない。また土地収用法は事業認定の申請において起業地の表示を必要とし、更に起業地及び事業計画を表示する図面を添附すべきものとしているが(土地収用法第一八条第一、二項)、これ等はただ起業が土地と離れて観察し得ざるが故に、起業の公益性判断の資料として要求しているに過ぎず事業認定の告示には起業地の表示を要するも(土地収用法第二六条第一項)、土地細目の公告事項と異なり地番地目までの表示を要しないから、現地において地域的範囲は特定されない。そして事業認定後裁決がなされるまでの間に、若干の事業計画の変更が認められているのであり(土地収用法第四七条第二号の反対解釈)、事業計画の変更は起業地域の変更を伴うものであるから、起業地の若干の変更も認められると解すべきであつて、従つてこの起業地域も浮動性を免かれないのである。以上の如く事業認定の段階では、起業地域ひいて収用しようとする地域の範囲は特定されず、法律上も第三者に対する法的効果を付与したと認むべき何等の規定もなく、事業認定があつたというだけでは、具体的な権利または法律上の利益を毀損される者は存じ得ないのであるから、抗告人等が本件起業地内の土地所有者・関係人であるか否かにかかわりなく、抗告訴訟の原告たる適格を欠くものである。なお抗告人神山、同上田の両名については、抗告人等主張の如く既に権利乃至土地細目の公告がなされ、所謂土地保全の義務を負うに至つているので(土地収用法第三四条第一項、第一三八条第二項)、その限りにおいて権利に具体的な影響を受けているということができようが、右の義務は権利乃至土地細目の公告によつて生じた法律効果であつて、本件事業認定による法律効果ではない。ところで抗告訴訟における訴の利益は、訴訟物である行政処分自体によつて権利を侵された場合にのみ認められると解すべきであるから、権利乃至土地細目の公告により具休的な権利関係に影響を受けたこと、木案訴訟における訴の利益の存否とは、無関係であると謂うべきである。

(ロ) 次に抗告人等は、都道府県知事がした事業認定に対する土地収用法第百二十九条ないし第百三十二条の規定を援用しして、本件本案訴訟は所謂民衆訴訟として適法であるという。しかし右第百三十二条においては出訴権者について何ら規定していない点その他立法の形式から考えて、同条にいう「裁決」とは収用委員会の裁決に対する建設大臣の訴願裁決のみで、ただこれについて単に行政事件訴訟特例法第五条第五項の出訴期間について特別の定めをしたに過ぎず、事業認定に対する訴願裁決は、同条の裁決中に含まれないと解すべきであるから、この規定を根拠として、都道府県知事のした事業認定に対する訴願裁決について、民衆訴訟を許した規定であるとする主張は理由がない。のみならず民衆訴訟は本来固有の司法権の領域に属しない訴訟であるから、類推或は拡張解釈によつてみだりにその出訴事項を拡大すべきでなく、少くも本件の如く建設大臣のした事業の認定に関しては、土地収用法はもとより他の法律においても民衆訴訟を認めた規定のない以上、本件本案訴訟は民衆訴訟としても不適法である。

二、本件事業の認定は適法であるか。

行政処分が適法であることが疏明され、本案請求が認容される可能性の少いときは、その処分による損害の救済を目的とする執行停止決定はできないと解すべきところ、本件事業の認定は土地収用法第二十条の要件を具備し、その他抗告人等の主張するような瑕疵のないこと、相手方等提出の反対疏明によつて明らかである。(その詳細は省略。)

三、本件執行停止の申立は、行政事件訴訟特例法第十条第二項の要件を欠くものである。

(1) 事業認定の段階においては、未だ何人に対しても損害の発生する余地はない。本件事業認定の手続においては、土地細目の公告が大部分終了した程度で、土地収用法による協議に入つて居らず、勿論収用裁決も経ていないから、現段階では執行停止を求める緊急の必要はない。

(2) 抗告人平野増吉、同上田金一郎は本件事業計画地内にある家屋を賃借し、抗告人神山鷹次は同事業計画地内の県有地に建物を所有しているから、収用裁決がなされる段階に至れば、賃借し或は所有する建物の収去を必要とすることになろう。しかし建物収去によつて生ずる損害は、財産的損失であつて金銭によつて容易に賠償され得るものであるのみならず、本事業計画地居住者については住居の斡旋を行う方針であるから、抗告人等が住居に困窮する等の事態が発生するとは考えられず、殊に神山鷹次は、右事業計画地外に土地家屋を所有してこれに現住しているから、この憂は全然ない。

(3) 抗告人等は、本件事業が完成すれば洪水の危険を招来し、一般公衆に対し回復不能の損害を与えると主張するが、行政処分の執行停止を受けるための要件として、処分の執行により生ずべき償うことのできない損害の有無、及びこれを避けるための緊急の必要性は、行政処分の執行停止を申請した者、即ち本件について言えば抗告人等自身について考うべき事項であるから、右抗告人等のいう一般公衆の受ける損害の有無は、判断の限りではないのみならず、本件事業は一般公衆に多大の利便を与えこそすれ、抗告人等の憂うる損害を及ぼすものでない。

(4) 相手方等の疏明によつて明らかな如く、執行を停止されるようなことがあれば、道路交通上、ひいては産業その他の県民全体の利益を阻害し、公共の福祉に及ぼす影響の重大さも測り知れないものがあるから、この点からも本件執行停止は許さるべきでない。

四、本件執行停止の申立において岐阜県を相手方とする利益はない。

岐阜県は本件において起業者たる地方公共団体で、右事業認定に関連する行政処分をなす行政庁でなく、建設大臣を被告として事業認定の効力を争う本案訴訟の当事者でない。行政処分の執行停止についても、本案訴訟の被告でない第三者に対しその行為を停止することが許されるかどうかを考えるに、本件の場合岐阜県は関係行政庁でないから、特例法第十二条の適用はないが、一般に行政訴訟の判決の法事実的効果または反射的効力として、第三者はこれに基ずく法律状態を承認せざるを得ぬと解すべきであるから、執行停止についても同様の観点から、もし本件事業の認定の効力を停止されるならば、第三者たる岐阜県は当然右認定の有効を前提とする行為をなし得ないこととなるから、更に岐阜県を相手方として爾後の行為の停止を求める法律上の必要はない。

B  前示意見に対する抗告人等の反論(各項は前掲相手方等の意見の各項に対応)。

一、本案訴訟の適否について

行政処分の執行停止決定申請事件においては、本案訴訟が繋属しているかどうかを審査すれば足り、本訴の適否は問題でない。仮りに適法な本案訴訟の提起を前提とするとしても、次の理由により本件の本案訴訟は適法である。

(イ)相手方等は事業の認定によつては抗告人等はその具休的な法律上の地位に何等の影響をも受けないから、本訴につき訴の利益を有しないと主張するが、抗告人等は本件起業地内に居住と営業を有する者で、土地収用法第二十五条、第百二十九条に所謂利害関係人に該当し、元来事業認定は告示によつて効力を生じ(土地収用法第二十六条第四項)、その効力は起業者が土地収用法に基ずく収用手続を進め得る効力、土地収用法第三十四条第三十五条の効力、第四十八条の効力等、起業者に一種独得の法的地位を形成し、地域も起業地及び事業計両の図面に表示せられた範囲において特定し、関係人も起業地及び事業計画の図面に表示せられた土地の範囲につき利害関係を有する者において特定する。そして本件の本案訴訟は、抗告人等が建設大臣のした事業認定に対し利害関係を有する者として、当該事業認定の効力を争う公法上の権利関係に関する一種の民衆訴訟であつて、その性質は都道府県知事のした事業認定に対する土地収用法第百二十九条ないし第百三十二条に規定する訴願及び訴と類を同じくするものである。従つて抗告訴訟の場合の如く、抗告人等が具体的な権利または利益を害されたことを直接の原因とするものでないから、この点を言為するまでもなく、抗告人等において本件事業認定に関し叙し上の利害関係を有する以上、民衆訴訟の一種である本案訴訟の提起は、適法というべきである。

(ロ)のみならず抗告人平野増吉を除く二名については、本件事業認定に基ずき土地細目の公告が、神山関係につき昭和三十年十月二十八日、上田関係につき同年十一月二十二日に、岐阜県公報を以てなされたので、在両名は本件事業の認定によつて具体的にも権利、利益を侵害されるに至つたから、抗告訴訟としても適法である。

二、本案請求が全然その理由のないことが明白顕著な場合は暫く別とするも、その認容の可能性の大小は、停止決定申請に際し審理せらるべき要件ではない。審理の範囲は、行政事件訴訟特例法第十条第二項の緊急性と本案訴訟の繋属の有無のみである。しかも本件事業の認定が土地収用法第二十条等に違背し、その他抗告人従前主張の瑕疵を包蔵し、本件の本案請求の理由あることは抗告人等の疏明によつて明らかである。(この点に関する双方の主張の詳細は、後記判断と直接の関連はないから省略。)

三、本件執行の停止申立は行政事件訴訟特例法第十条第二項の要件を具備する。

(1) 事業認定の法律効果の発生については既に前述したとおりであつて、執行行為を伴わなくても、未だ具体的な損害の発生せざるに先だつて、将来に向つて執行を停止して置く必要が存するのである。収用裁決の段階に至るまでは、執行停止決定を求める緊急の必要がないとの相手方の主張は採るに足らない。

(2) 抗告人等は本件の本案訴訟に勝訴しても、本件執行を停止しておかなければ、本件事業認定に基ずく収用手続が進行して取付道路が完成した暁には、単なる金銭賠償では回復できない損害を蒙るのであつて、住居の斡旋を行うとか、事業地以外に建物を所有することは、本件申請の理由に何等の消長を及ぼすものでない。

(3) 相手方等は、執行停止の緊急性の有無は申請人自身について考うべきものであるというが、本件本案の訴は既に述べたとおり民衆訴訟の性質を帯有するもので、処分の執行に因り生ずる損害及び執行停止の緊急性も、この本案の性質上単に申立人自身について考うべきでなく、既に述べた如く本件事業の執行に因り岐阜市一円に洪水の危険を招来し、ひいて一般公衆にも回復不能の損害を与えるものであり、かかる損害を避けるためにも本件執行を停止する緊急の必要があると謂うべきである。

(4) 本件執行の停止によつて公共の福祉に影響することの殆んどないことは、既に申立書に記載のとおりである。

四、岐阜県を被申請人とすることは適法且つ必要である。

行政事件訴訟特例法第十条による行政処分の執行停止は要するに、勝訴の結果を保全するため行政処分の効力を一時停止せんとするものであるから、その行政処分を執行している者がある限り、その執行を停止する必要があるのであつて、その執行者が本案訴訟の被告であると否とは問うところではない。本件の場合岐阜県を執行停止の相手方とすることは、前項の理由により正当であるのみならず、既に岐阜県は本案訴訟において被告に参加しているのであるから、これを本件執行停止の被申請人とすることは何等違法でもなく、却つてその必要が存するのである。

第三、決定理由

一、(1) 相手方建設大臣が相手方岐阜県の申請に基ずき、昭和三十年十月十三日土地収用法第二十条の規定により、「一起業者の名称-岐阜県、一事業の種類-県道高富岐阜線改築事業及びこれに附帯する事業、一起業地-岐阜市湊町、上材木町地内」とする事業認定をなし、同日建設省告示第一二四四号を以て官報に告示せられたこと(疏甲第十三号証参照)、(2) 右起業地域内に抗告人平野増吉、同上田金一郎は家屋を賃借して居住し、抗告人神山鷹次は建物を所有従つて敷地たる土地について賃借権等本権を有することが一応推認できる)にてこれに居住していること、(3) 抗告人等は右事業の認定に対し相手方建設大臣を被告として、東京地方裁判所に抗告人等主張のような本案訴訟を提起し、同庁昭和三十年(行)第一一八号事件として繋属し、現在相手方岐阜県も被告を補助するため同訴訟に参加していること、(4) 抗告人神山鷹次所有の家屋の所在する上材木町四百二十四番地の一の宅地(同抗告人の有する家屋の敷地に対する借地権が収用しようとする権利の目的となつている。)については昭和三十年十月二十八日に、また抗告人上田金一郎の賃借の居住家屋所在する湊町四百二十一番地の二の宅地については昭和三十年十一月二十二日に、それぞれ岐阜県告示を以て収用しようとする権利ないし、土地細目の公告がなされたこと(記録第一〇四丁裏及び第一〇二丁表参照)は、記録に徴し明らかで、当事者間においても争のないところである。

二、ところで抗告人等は前示本案訴訟の提起を前提として、相手方等を被申請人とし抗告人等主張のような行政処分の執行停止を申請したところ、原裁判所は(一)相手方岐阜県は前示本案訴訟の被告となつていないから、この点において不適法であるとし、(二)相手方建設大臣を被告とする本案請求も、法律上理由ありと見え且つ事実上の点につきこれを推認し得る疏明がないという理由で、爾余の争点に関する判断を省略し、いずれもこれを却下したのであるが、本件抗告理由は主として右原決定理由の説示の違法不当を論難し、この点においても原決定は取消を免れないと主張するのである。

思うに抗告及び抗告裁判所の訴訟手続にはその性質に反せざる限り控訴の規定を準用することは、民事訴訟法第四百十四条本文の規定するところであるから、控訴にあつては第一審判決に対する不服の限度を表示すれば足り、敢えて不服の理由を具陳するを必要としないと同様、抗告理由なるものは畢竟抗告裁判所の注意を喚起しその調査の一助とする意味あるに過ぎず、抗告裁判所は調査を抗告理由の範囲に限局すべきものでないと共に、第一審の続審たる性格に基ずき、一件記録の審理によつて得た資料により、自已の意見を以て究極において原裁判の相当なりやを判断すべきものである。(再抗告にあつては、前同条但書の規定により上告の規定を準用すべきであるから、自ら別論である。)この見地に立つて当裁判所は敢えて抗告理由に指摘されている諸点にこだわらず、汎く一件記録を調査の上結局抗告人等の本件執行停止申請が許容せらるべきものなりや否やについて判断を進める。

三、行政事件訴訟特例法第十条第二項により裁判所が行政処分の執行を停止するには、右処分に対し適法な本案訴訟の提起があり、当該処分の執行に因り生ずべき償うことのできない損害を避けるため、緊急の必要があるものと認められる場合でなければならない。そして抗告人等は、本件事業認定に基ずく収用手続が進行するにおいては(イ)その起業地内にある抗告人等の居住または所有する家屋を除却せられ、居住と営業を奪われるという重大な損害を蒙る外、(ロ)その事業計画遂行の結果取付道路が完成すれば、附近岐阜市一円に洪水の危険を招来し、一般民衆にも回復不能の損害を与えることは必然であり、これら償うことのできない損害を避ける緊急の必要があると謂い、後者の損害は汎く一般公衆について生ずるものであるが、元来本件の本案訴訟は所謂民衆訴訟の一種に属し、原告等(抗告人等)個人の権利利益を害されるというよりは、汎く一般公益のための訴訟であるから、かかる損害を避けるためにも本件執行の停止を求める緊急の必要があると主張する。

そこで審按するに、

(一)民衆訴訟は、一般国民が国民としての公共的行政監督的地位から行政法規の違法な適用を是正するための訴訟で、出訴権者が行政処分によつて権利または法律上の利益を毀損された者に限られないことを特色とするが、かかる訴訟は裁判所法第三条にいう「一切の法律上の争訟」のうちに包含されるものではなく、特別の明文によつて始めて認められるものと解すべきところ、抗告人等は都道府県知事がした事業認定に関する土地収用法第百二十九条ないし第百三十二条の規定を援用して、民衆訴訟を許した規定であるとし、更に本件の如く建設大臣のなした事業の認定にも類推適用すべきであるというが、相手方等主張の如く同条を以て民衆訴訟を許した規定と解し難いのみならず、本件のように建設大臣のした事業認定にも濫りに類推拡張して解すべきでなく、結局本件本案訴訟は所謂民衆訴訟として許されるものということはできない。

(二)しからば本件の如く建設大臣のした事業の認定が、所謂抗告訴訟の対象となり得るかは、これにより具体的な権利ないし法律上の利益を害される者ありや否やの点とも、関連して極めて困難な問題である。

一般に土地収用法に基ずく収用手続の如く、事業の認定、土地細目の公告、協議、収用または使用の裁決という具合に、それら手続の完了をまつて始めて全体としての処分の本来の効果が発生する場合には、その最終処分たる収用裁番前の段階においては、処分を受ける者その他第三者の法律上の地位は未だ特別の影響を受けず、単に将来そのような影響の可能性が存するに過ぎないとし、この問題を否定的に解せんとする見解(相手方等主張)も純理上は十分首肯できるが、他面右の可能性が極めて大であつて、しかも中間段階の行政行為が手続の中該をなすような場合には、処分の完成によつて現実にその者の権利利益が害されるまで待つことを要求することは、当事者に対し酷に失するのみならず、条理上も最終処分を結果することがほぼ確実であり限り、その前提的な行為がされた段階において、果して当該最終処分がなされることが適法であるかどうかの裁判所の判断を求めることを許容する実際上の必要があるとの立場から、なるべくこれを肯定的に解せんとする見解も一概に否定できない。

これを本件の場合についてみるに、なるほど事業の認定そのものは、起業が私有財産の収用を許すだけの公益上の価値を有することの認定を、その本質的内容とする行政処分であつて、これによつて土地ないし権利の収用の範囲を最終的に確定するものでなく、起業者以外の第三者に対しその法律的効力として、直ちに具体的権利関係の形成がなされるものでない。しかし事業の認定は、一般に起業の名称、事業の種類の外起業地を告示すべきものとし(土地収用法〔以下単に法と略称〕第二十六条第一項)、この告示があつた日から効力を有するとされている(同条第四項)。尤も右事業認定の告知は、起業者以外の者に対してなすを要せず(法第二十六条第一項前段)、右起業地の告示も後になさるべき土地細目の公告に関する法第三十三条の如く、収用しまたは使用しようとする土地の所在地番、地目までの表示を要件とせず、また収用裁決までの間には起業地域に多少範囲等の変動があつて浮動性の存することの免れないのは、相手方等の指摘するとおりである。しかし事業の認定は収用手続を進める過程の根幹をなすものであり、この認定がなければ後になさるべき収用委員会の裁決ということは起り得ず、一方事業の認定のあつた起業地内の土地等については、法定の事由のない限り収用裁決の段階に至る可能性が極めて大であつて、結局事業の認定は起業者のため、法律に定められた手続(土地細目の公告及び協議、収用委員会の裁決等)を経ることを条件として、起業地内の土地等につき公用徴収権を設定する行為と謂うも過言ではなく、処分の相手方である起業者以外の起業地内に権利を有する第三者もまた、多少の浮動性を免れないが、これによつて将来その有する権利利益を害せられるに至るという、或種の不利益な法的拘束を受けるものと謂わねばならない。土地収用法も事業認定につき利害関係人に意見書の提出を許し(法第二十五条)、事業認定を告示すべき旨定め(法第二十六条)、さらに都道府県知事がした事業の認定に対し、利害関係人に独立の訴願を許している(法第百二十九条第一項)のも、これら事実上の利害関係者の利益を保護し、違法不当な事業認定に対する是正の機会を与える(法第百三十条第一項)配慮に出たものであることが、窺われる。そして本件においては、抗告人神山に関しては収用せらるべき権利(借地権)につき、同上田に関してはその賃借建物の存する宅地につき、それぞれ権利ないし土地細目の公告がなされているのであるから、同抗告人等に関する限り、現実にも法第三十四条第三十五条の義務を負担し、その有する権利利益に具体的な影響を受けているのであつて、少くともこの段階において右細目公告の先行行為たる事業認定につき、これが違法を争う法律上の利益という訴訟要件が充たされるに至つたとも謂い得ないではない。もつとも右法案による義務は、細目公告によつて生じた法律効果であつて事業認定による効果でないけれども、このことは敢えて前示判断の妨げとなるものでない。

以上諸々の観点から考察するときは、少くとも細目公告のあつた抗告人神山、同上田については、本件事業認定に対し行政事件訴訟特例法第二条により所謂抗告訴訟を提起し得るものと解すべき余地なしとせず、この問題は本案訴訟において終局的に解決せらるべきものなるも、本件抗告事件を判断する上においては、一応右訴の適法性を肯定し得るものと仮定して次の判断に入る。

(三)そこで次に本件抗告人等の主張する償うことのできない損害という点につき考究する。

行政事件訴訟特例法第十条第二項には「第二条の訴の提起があつた場合において」とあるから、本来右の提起せられた訴なるものは、違法な行政処分によつて権利を侵害せられた者がその取消変更を求める訴、つまり抗告訴訟若しくはこれに準ずべきものでなければならない。換言すれば本案訴訟たる抗告訴訟は、行政処分に因る個人の権利利益の侵害に対する救済の制度(かの民衆訴訟の如く公益擁護のためのものでない。)であつて、本条の執行停止はそのための権利保全を目的とするものであるから、右条文にいう損害とは、本案抗告訴訟の原告自身が、その有する権利利益を侵害されたことによつて蒙る損害に限ると解すべきことは、明らかである。抗告人等は、一面において本件本案訴訟は民衆訴訟の一種に属するとし、本件事業認定に基ずく収用手続が進行し、その事業計画遂行の結果取付道路が完成すれば、岐阜市一円に洪水の危険を招来し一般民衆にも回復不能の損害を与えることは必然であり、この損害を避けるためにも緊急の必要ありとして、本件執行の停止を求めているのであるが、前説示の如く本件においては所謂民衆訴訟が許されないと解すべきであるから、その許されることを前提とする右主張は理由がないのみならず、木来民衆訴訟提起の場合を前提としていない本条の執行停止(例えば民衆訴訟である選挙関係訴訟にあつては、公職選挙法第二百十九条において行政事件訴訟特例法を準用するに当り、同法第十条第二項の如き規定を除外している。)については、本案の原告たる申立人(抗告人)個人の権利にかかわりのない、一般公衆に及ぼすという損害の如きは、これを以て当該処分の執行を停止する事由となすに足らないのである。

ただ抗告人等が、その起業地内にある抗告人等の所有し若しくは賃借して居住する建物を、除却せられることによつて蒙ることあるべき損害は、もとより抗告人等自身について生ずるものであるが、現在の場所を措いて絶対に他に居住や営業の途なしというわけでなく、結局は金銭的賠償によつて償い得べき筋合のものであるから、前記法条に所謂償うことのできない損害にも該当しないもと解するを相当とする。

四、してみると抗告人等の本件執行停止の申立は、既に叙上の点においてその要件を欠き許さるべきでないから、爾余の点、殊に本案請求の理由あることに関する疏明の有無等についての原決定の示す判断の当否については、これを論及するまでもなく、結局において抗告人等の本件申請を却下した原決定は相当であるに帰する。よつて本件抗告は理由なしとしてこれを棄却すべく、抗告費用は抗告人等に負担せしめ主文のとおり決定する。

(裁判官 斎藤直一 坂本碣夫 小沢文雄)

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